昭和28年03月05日 衆議院 地方行政委員会 国家地方警察本部長官 斎藤昇
「そこで日本共産党の軍事組織は、御承知のように軍事委員会によって統轄をされておるのでありますが、その組織の行動的部面を受持ちまするいわゆる中核自衛隊は、現在われわれのところにわかっておりますのは約600隊でありまして、隊員数が5500名でございます。われわれのわかっている資料によるものはさようであります。」

昭和28年09月09日 参議院 地方行政委員会 国家地方警察本部長官 斎藤昇
「只今私のほうで入手をしておりまする材料等から判断いたしまして、これらの中核自衛隊、或いは遊撃隊という大衆層組織の隊員は恐らくまあ8000から1万ぐらいであろうかと、私のほうでつかんでおりますものにつきましては、さように考えられるのであります。」

昭和32年03月22日 衆議院 法務委員会

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政府委員(警視監(警察庁警備部長)) 山口喜雄
戸高君が村田という人のところにダイナマイトを受け取りに行ったかどうか、これは本人が公判廷においてはっきりすることと思います。従って、私は、その点についてはこの席ではお答えを差し控えたいと思います。ただ、この点は御了承を願いたい。それは、この前も申し上げましたように、全国的に当時日本共産党が軍事活動を盛んにやって、各地でいろいろな事件が起っております。大分県においても同様であります。しかも、大分県の中で、菅生付近を解放地区と指定して、有力な党員を続々とあの中に送り込んでおる。そして、その中核自衛隊員の1人が、27年の3月17日に不審尋問で尋問された際に、ダイナマイトに信管をつけたものを所持しておるのを現行犯で逮捕いたしております。

そこで、警察としてはこれは何か考えてやろうとしているんだということで、いろいろ情報を収集してみたが、どうもうまくいかない。そこで、やむを得ない事情のもとに、戸高君を当時の警備部長が党に接近させた。この点は、私は、いわゆる一般論としてでなしに、あの具体的な事情のもとにおいては、やむを得なかったものと考えております。そうして、戸高君は党に接近をして、党のいろいろの会議にも出席するようになったのであります。その間に得ましたいろいろの情報は、直接小林君の方に報告してある。